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俺のもんだ!!

スプリントのタイム。
練習をこなすと伸びるタイム。
俺の体が作り出せるタイム。
俺が俺を信じられるようになるタイム…



43秒51、俺、この数字、忘れないかも。
どうってことないタイムなんだろうけど、俺のもんだ…



陸上やってる奴が、なんであんなにタイムのことばっかり言うのか、
少しだけ理解できたよ。
名刺代わりとか看板とか思ってたけど、それだけじゃないね。
出したタイムって、ほんとに、“俺のもん”なんだよね。
面白いや。


~『一瞬の風になれ』より





喉から手が出るほどほしいもの。
なにより雄弁で、僕のすべてが詰まっているといえるような。
誰のものでもない、かけがえのない、“俺のもん”。
その一瞬を、いつか僕も手に入れることができるだろうか。

2008年夏、横浜国際プールに、
いまの僕のすべてを刻み込んできてやる!
ん馬場~



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(2006/08/26)
佐藤 多佳子

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モチベーションはひとつじゃなくたっていい。

そろそろ、将来のことをちゃんと考えなきゃいけないお年頃だ。
僕も、まぁ人並みに、悩んでいるつもりだ。

思えばこれまでの僕の努力だったり勉強だったりは、
『将来の可能性を広げるため』
のものであることが多かったから、
いざその『将来』が実際に見えるくらいに近づいてきて、
具体的に何をしたいのか、あるいは反対に、何を諦めるのか、
ある程度取捨選択しなければならない段になって戸惑うのは、
仕方のないことだとも思う。

将来、なにを一番のモチベーションにして働くのか。
僕は、なんのために働くのか。
働くって、どういうことなんだろう。
そんな命題に、改めて向き合った。

お金のため?
家族のため?
社会奉仕のため?
地位や名誉のため?
浪漫を追い求めるため?
etc...

『これだ!!』ってモノひとつが定まらない気がして、ちょっと悩んだ。
どれも、程度や質の差こそあれ、当てはまるもので、
かといって、それだけじゃぁない。

答えになっていないのかもしれないけど、
僕は、モチベーションはひとつじゃなくたっていいと考えた。
いくつもの要素が複雑に絡み合い、さまざまな表情をみせる社会の中で、
『働く』ことのさまざまな魅力を発見し、
自分のモチベーションに変えてゆければいい。
逆に、ひとつのモチベーションだけに偏る方が危ないと思う。
(金さえ稼げればいい、とかね。)

QOLを他より重視したいだとか、年収○○万は外せないだとか、
優先順位を付けて慎重に道を選ぶ必要も、もちろんあるんだろうけど。
僕は、優先順位ってのは、あとから自然と付くものだと思っている。
はじめから優先順位ありきで動くことはいささか窮屈に感じるし、
「自分の中の大切なものの順位」を固定する必要もないと思う。
その都度自分のやりたいこと、やらなければならないことに熱中できれば、
結果として高みに昇るか低みに落ちるかはわからないとしても、
おのずと“自分の道”は拓けるんだと思う。
自身の生き方としての根本思想と、
相応の努力と能力に裏付けられた行動が、ブレなければね。
(いまの僕にそれがあるとは思えない…日々精進です。)






話はちょっと変わるけど、部活だってそうだと思う。
4年半も同じ部活で活動してきて、
まがりなりにもキャプテンまで経験させてもらった僕でも、
常にモチベーションマックス状態であったわけでは、もちろんない。
キャプテンという立場から、部員の悩みを聞くことも何度かあった。
いまいち気持ちが入らなかったり、ほかにやりたい事ができたりで、
部活に対して悩んでしまう人がおもいの外沢山いることを知ったし、
むしろ一度も悩んだことのない人なんていないんだなって思った。

もし、そんなふうに悩んでいる後輩がいたら、
『モチベーションはひとつじゃなくたっていい』
という考え方を、伝えたいな。

タイムを追い求めることに疲れたら、好きな友達に会いに来ればいい。
何も考えずに体を動かす時間を求めてもいい。
人間関係に疲れ気味なら、水の中に、自分自身の中に、深く潜ればいい。
人の評価を気にするのだってアリだと思う。
「あの人に誉められたい」「カッコいいって言われたい」
これだって強力な動機になり得る。
逆に、人の評価なんて気にしないのもアリだと思う。
全員によく思われる行動なんてありえないんだから。

多面的な魅力を見出して、いいこともわるいことも、
まるまるすべてを、大切にしてもらえたら、と思う。

えらそうに書いたけども、僕だって日々揺らぎまくっているし、自信もない。
それでもさいごに支えになるのは、
自分の好きなことを突き詰めることへの憧れと、
そしてなにより、周りの人々に恵まれているということ。
自分がいまいる環境に感謝しつつ、
1週間後に迫った部活の最大目標、北医体にのぞみます

『1+1はどうして2になるの?』

ちょっと前に、『エジソンの母』なるドラマがやっていましたね。

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かの偉大な発明家、エジソンの少年時代の逸話のように、
一般的な子供では疑問に思わないようなことを疑問に思い、
突飛な発想と自由な行動により周りの大人を困惑させる子供と、
彼に振り回されつつも成長してゆく若い新人教師を中心にした物語。

僕の家庭教師先の子供が、作中の子供の真似をして、
やたら意味のわからん質問を繰り返していたのが印象に残っています。
話を聞くと、彼の小学校でも実際に“にわかエジソン”が出現していたようで。
現場の先生方のご苦労、お察しいたします。
ドラマの中で、
「なんで子供は勉強しなければならないのー?」
というくだんの子供に対し、松下由樹さんが、
「それがあなたたちの義務だからよ!!」
とブチ切れるという印象的なシーンがありましたが、
きっとそんなふうに投げてしまうのも無理はないくらい、
現場の先生方は大変な思いをしていたことでしょう。

それでは、僕が教育者の立場ならどうするか。
どう対処するのがベストなのか。
ドラマの影響は一過性のものでしょうが、
仮に、“本物のエジソン少年”が現れたら、教育者はどうするか?

結論としては、理想論になってしまいますが、
ひとつひとつの質問に、全力で答えてゆくしかないと考えました。
科学的に説明できる内容であれば、噛み砕きつつ正確に答えること。
哲学的、観念的、または社会的に議論がある内容については、
自分がそれまで経験し導いた考え方と、相反する考え方も併せて、
なるべく多くの『視点』を示すこと。
そんなことをしていたら授業にならない?
だとしたら、そのことをきちんと説明してわからせるしかないでしょう。
「いま、君の質問に答える時間はないんだ。」
「なぜなら、他のクラスメートの学ぶ時間が足りなくなってしまうから。」
その上で、どうにかしてその子供の知的欲求にも応える機会を設けたい。
これは個別に対応するしかないかな。

ドラマの中では、集団行動を著しく乱す行動も幾つか見られましたね。
その行動に、ある程度理由があったとしても、
それが周りに迷惑を与える行動であるならば、
そのことをきちんと諭さなければならないでしょう。
ルールを押し付けるだけではなく、
「なぜルールを守らなければいけないのか」
について、丁寧に理解させる必要があるはず。
一見遠回りな過程が、「なぜか?」に敏感な子供には、
特に有効なものになるかもしれません。

徹底的に疑問を持つ子供は偉大だと思うし、純粋に尊敬します。
だから、その好奇心が本物であるならば、
本気で応えてゆきたいと素直に思えるはずですし、
自身も多くのものを得られるでしょう。
一方で、ある程度の社会性を教えることも、もちろん重要。
なぜなら、そのほうがきっとその子もハッピーだからです。
いたずらに『変人』のレッテルを貼られるのは、なにかと損だと思います。
既存のもの、当たり前のものとしてではなく、
「なぜその社会性(ルールを守る力)が必要なのか」
を論理的に丁寧に説明し、その子自身が噛み砕いて理解できるならば、
その子の個性(可能性)を潰さずに、
必要な社会性を身につけさせることも可能なのではないでしょうか。
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プロフィール

keigo

Author:keigo
試される大地、北海道・札幌在住の大学生。
現在医学部6年目、国家試験に向けて日々勉強中。
趣味は競泳、読書。

心に残ったこと、残しておきたいことを、読書日記を軸に書き留めていきたいと思います。
週2~3回くらいの頻度で更新していきます。
コメント・トラックバック熱烈歓迎です。

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