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赤ちゃんは偉大だ。

こどもっくるも今週で終了。
来週からは函館で実習です。

この2週間は、
トレーニングの疲れや風邪(アレルギー?)などで、
カラダは結構しんどかったのですが、
かわいいこどもちゃんをみている間は、
そういう疲れなどもぜんぶ忘れることができた気がします。
自分はそうとうな子供好きだということに気づき、
そういう意味(だけ)では適性があるのかもしれないなーとおもいました。

また、赤ちゃんはかわいいだけではなく、偉大であるとも感じました。
すなわち、無垢はある意味では最強だということです。
なにも喋れないからこそ、大人以上に雄弁であったりします。
その生命力も圧倒的であり、感動的です。
それぞれのもつ未来の可能性は計り知れなくて、
その片鱗に触れるだけで自然とアツくなります。


よく使われる小児科への誘い文句で、
「大人の医療と違って小児科は子供の“未来”を治すから魅力的なんだよ」
なんていうのをよく耳にしますが、
じいちゃんばあちゃんには未来がないと言ってるみたいで(そんなことない)、
いままでの僕にはあんまりピンときていませんでした。
でも、ここでいう“未来”ってのは、単なる“余命”ではなくて、
単純に年数に換算できるものでもなくて、
大人のそれとはまた別次元なところで、
確かに存在しているものなんだなーと。
漠然で曖昧な認識ではありますが、そう感じました。


そういえば、金城一紀の『GO』という作品で、
主人公の杉原くんが、ケンカを売りに来た不良を返り討ちにして、
腹を殴られ呻いているその男の子を見下ろしているときに、
“こいつも祝福されて生まれてきたのかとおもうと、なんだか悲しくなった”
なんてことを考える描写がありました(うろ覚え)。

今回赤ちゃんの医療に触れ、
赤ちゃんが包まれる祝福と愛に思いを馳せたとき、
たまたま上記の描写を思い出したのですが、
見方の方向は違えど、
杉原くんと僕は似たような感覚を味わったのかもしれません。

赤ちゃんといると、赤ちゃんだけではなくて、大人に対しても、
なんだか優しい気持ちになれるものですね。
赤ちゃんといると、大人だってかつては赤ちゃんであったこと、
周囲の愛と祝福に包まれて生まれてきたであろうことを、
赤ちゃん自身が、やさしく諭してくれるのです。
そして、
そんな純粋で真っ白な状態からひとりの大人が積み上げる命の重みに、
畏怖の念さえ感じます。


赤ちゃんは、本当に偉大です。


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keigo

Author:keigo
試される大地、北海道・札幌在住の大学生。
現在医学部6年目、国家試験に向けて日々勉強中。
趣味は競泳、読書。

心に残ったこと、残しておきたいことを、読書日記を軸に書き留めていきたいと思います。
週2~3回くらいの頻度で更新していきます。
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