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伝えられない原因は、実は自分の中にあるということ

割り算には、「aをb個に分けたらいくつ?」という場合と、
「aの中にbはいくつあるか?」という2通りの概念が含まれるのである。
ここを子供は悩む、と思う。
そして大人(先生たち)は、ここが難しい概念だと明確に認識していない。


(『MORI LOG ACADEMY』より)



勉強の苦手な小学生の家庭教師をしていて、
「なぜ理解してもらえないのかわからない」
という状況に、自分自身陥ることが多い。
そんなとき、子供の理解力のせいにしてしまう自分がいる。
これはとても恥ずかしいことだし、
なにより、子供のためにならない。
お互いそこから、なにも生み出すことができない。

うまく伝えられない原因が、
実は自分自身の本質的な理解の欠如にあることも多いのだ。

難しい概念だということを、
大人自身が理解していない場面がしばしばあって、
それはつまり、大人の理解力の方が足りないということなんだ。

自身の『知の本質』が暴かれるという意味でも、
教育というものは、本当に奥が深いと感じる。


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非公開コメント

これ、小さい時に分数の割り算で感じたことですね。
鉄棒の逆上がりでも同じようなことが言えると思います。

水泳でも…
一緒ですね(笑)

>Ryotaさん

あ、久しぶりのコメント、ありがとうございます!

偉そうなことを書いてはいますが…
恥ずかしながら、僕は小学生時、そんなことは意識しませんでした(笑)

割り算てのは、実はけっこう高度な理屈をはらんでいることに、
いまさらながらに驚かされます。
うえの二つの概念をごちゃ混ぜにしてお茶を濁す先生がほとんどだという印象です。
しかし、このあたりの理解をうやむやにすると、
このあと出てくる「割合」などの理解にも影響する気がします。
もちろん、その先の「数学」にもうまくつながりません。

目先のテストのために姑息的にテクニックを教えがちですが
(以前働いていた某塾では、それがすべてだったといってもいいくらいです)、
いかに簡明に物事の本質を示すか、
その本質をいかに生徒の中で育むかは、
教育者としての至上の命題のひとつである気がします。

また水泳おしえてくださーい!

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keigo

Author:keigo
試される大地、北海道・札幌在住の大学生。
現在医学部6年目、国家試験に向けて日々勉強中。
趣味は競泳、読書。

心に残ったこと、残しておきたいことを、読書日記を軸に書き留めていきたいと思います。
週2~3回くらいの頻度で更新していきます。
コメント・トラックバック熱烈歓迎です。

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